東京地方裁判所 平成10年(ワ)25488号 判決
原告 門倉翼
右訴訟代理人弁護士 赤沼康弘
同 山西弘子
被告 株式会社ワールドミーティング
右代表者代表取締役 池田正悟
オーストリア共和国ウィーン市シュレイヴォーゲェルグ八-一
被告 佐々木千恵美
右被告ら訴訟代理人弁護士 鍋谷博敏
右訴訟復代理人弁護士 武藤いづみ
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告株式会社ワールドミーティングは原告に対し、金一五七九万九〇三八円及び内金一二九九万九〇三八円に対する平成一〇年一二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告佐々木千恵美は原告に対し、前項の被告株式会社ワールドミーティングと連帯して金一五七九万九〇三八円及び内金一二九九万九〇三八円に対する平成一一年一月二一日から支払ずみまで年四分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、オーストリア共和国における乗馬留学の下見を行うため現地に入国し、乗馬クラブで騎乗中に落馬して重傷を負ったところ、被告佐々木は原告に持ち馬を騎乗させた者等として必要な注意を怠り、また、被告会社は被告佐々木の使用者として、あるいは適切な保護措置を講ずるべき契約上の義務を怠った者として責任を負う旨主張して、被告会社に対しては債務不履行若しくは不法行為に基づく損害賠償請求として、被告佐々本に対しては不法行為に基づく損害賠償請求として、後遺障害等の損害及びそのうち弁護士費用を除いた分に対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分(被告佐々木に対しては、オーストリア民法により年四分)の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠の摘示がないものは、当事者間に争いがない事実である。)
1 被告会社は、旅行業務等を営む株式会社であり、特に海外乗馬体験、技術取得旅行、馬術留学等を宣伝し、実施している。
2 被告佐々木は、昭和六一年三月からオーストリア共和国ウィーン市に居住し、平成八年以降、乗馬クリニック留学サークル「ホースマネージメント・ササキ」の名称で、乗馬留学及び乗馬旅行を行う者を対象に、乗馬レッスンを受ける際の通訳等のサポート業務を行っている者である。
被告佐々木は、平成二年ころからウィーン市郊外のザンクトゲオルグ乗馬クラブ(以下「本件乗馬クラブ」という。)に所属し、平成八年、ガルス(購入当時一〇才、ハンガリアンアラブの牡馬)を購入した。
(乙一四、被告佐々木本人)
3 被告会社は、平成九年三月中旬ころ、被告佐々木との間で、被告会社がウィーンで主催する乗馬旅行について、空港への送迎、空港から乗馬クラブ付属のホテルへの送迎、乗馬レッスン受講時の付添及び通訳、野外騎乗の同行、その他ユーザーが希望する場所への同行、宿泊及び乗馬レッスンの予約を内容とする業務委託契約を締結した。
(乙一四、一九、被告会社代表者本人、被告佐々木本人)
4 原告は、昭和五三年五月一五日生まれで(本件事故当時一九才)、高校入学後の一六才の時から乗馬を始め、国内での乗馬訓練の他、平成八年から平成九年にかけてスイスに約二か月間留学し、そこで乗馬のレッスンを受けるなどし、本件事故当時既に五〇〇鞍以上(一鞍は五〇分程度)の乗馬訓練の経験を有していた。原告は、平成一〇年二月下旬ころ、被告会社が主催するウィーン乗馬ホリデイツアーに参加し、その際現地でのエスコートを行ったのが被告佐々木であった。
5 原告は、平成一〇年四月四日、乗馬留学の下見を行うため、被告佐々木に現地でのエスコートを依頼し、被告会社に航空券の手配を依頼するなどして、同月一一日までの予定でオーストリアに入国した。
6 原告は、平成一〇年四月五日、本件乗馬クラブにおいて、被告佐々木の持ち馬ガルスに騎乗したところ、騎乗から約二〇分が経過した後、ガルスが突然速度を上げ、原告の両足が鐙から外れ、原告が落馬する事故が発生した。原告は、落馬の際に頭を強打して、頭蓋骨骨折、脳挫傷、くも膜下出血等の重傷を負った。
(ただし、頭を強打した原因が馬に頭を蹴られたためか、落馬箇所付近にあった柵に頭をぶつけた可能性もあるかは、争いがある。)
7 原告は、右傷害の治療のため、平成一〇年四月五日から同月二七日まで現地のランデスクランケンハウスメードリングス病院に入院し(ただし、同月二四日、二五日はホテルで療養)、帰国後、同年五月二日から同月一四日まで北里大学病院に入院し、現在同病院に通院治療中である。原告の現在の症状として、外傷性てんかんによる痙攣が生じ、顔面に不随意運動が出現している。
(原告の帰国後の治療経過と現在の症状の点は、甲七、八、一六、一七、原告本人)
8 原告は、平成一一年一二月一六日、AIU保険会社から右傷害に関して一〇四〇万円の保険金の支払を受けた。
二 本件の争点
本件の争点は、本件事故の原因、ことに本件事故が原告の不適切な手綱操作によるものか否か、被告佐々木について、本件事故の予見義務ないし結果回避義務を怠った過失があるといえるか否か、被告会社について、原告の主張するような安全配慮義務を負うものか否か、また、被告佐々木との間に雇用関係若しくは指揮命令関係があったといえるか否か、原告の損害額である。
1 原告の主張
(一) 本件事故の原因について
本件事故は、原告の騎乗したガルスが予期せずに突然暴走し、そのため原告の両足が鐙から外れて、振り落とされる恐れが強い状態で起きたものである。
(二) 被告会社の責任
被告佐々木は、オーストリアにおいて、被告会社の専属ガイドとして、被告会社の指示の下、同社が実施する乗馬ツアー等について、現地ガイド、乗馬留学に必要な事務処理、現地乗馬学校の紹介や案内、乗馬用の馬の賃借や売買の斡旋等を行っており、被告会社の被用者若しくはその指揮命令に服する者であった。なお、被告佐々木は、ガイドや通訳の資格もなく、操馬の技術もそれほど優れておらず、乗馬ツアーのエスコートとして不適格であった。
原告は、オーストリアに入国するに際し、被告会社に対し、航空券の取得の他、出入国手続、現地連絡、現地案内、現地での乗馬練習の介助を依頼し、被告会社は、これに応じて、エスコートとして不適格な被告佐々木に対し、原告のために現地ガイドとして現地案内、乗馬練習の介助等を行うことを指示し、若しくは同被告を原告に斡旋したのである。
したがって、被告会社は、原告に対し、オーストリアにおける現地案内と乗馬練習に当たって、事故が発生しないよう適切な保護措置を講ずるべき契約上の安全配慮義務を負担していながら、その履行補助者である被告佐々木の後記過失行為により、これを怠ったものであるから、被告会社は、本件事故を発生させたことについて、債務不履行責任を負うべきである。更に、被告会社は、被告佐々木をして右業務に当たらせたことについて選任監督上の重大な過失があったというべきであり、後記のとおり被告佐々木が不法行為責任を負うことにより使用者責任(オーストリア民法一三一五条)を負担するから、原告に対し、不法行為責任を負うべきである。
(三) 被告佐々木の責任
原告が騎乗したガルスは、元々性質が荒く、落馬のリスクが高く、被告佐々木自身も何度も落馬させられたことがあり、とりわけ右手前から入る運動については騎乗者の指示に従わないという癖を有するなど、乗馬訓練のために使用できる馬ではなかった。したがって、被告佐々木としては、そもそもこのような馬に原告を騎乗させてはならなかったのであり、ガルスの性質を十分に説明して騎乗を思い止まらせるなどし、仮に騎乗させるとしても、事故の発生を未然に防止すべく、馬の動静を常に注視して、暴れ出す気配を示したときは直ちに原告に通告して騎乗を中止させると共に、馬が暴れ出した場合には、原告を落ち着かせたうえ馬を制止させるための方法を指示し、落馬を防ぐために適切な助言をし、更に馬を落ち着かせるための措置を取らなければならず、同被告がこのような措置を取る技術を有しないのであれば、そのような技術を持つ補助者ないしトレーナーを馬場内に配置しておくべき義務があった。
しかし、被告佐々木は、顧客の生命身体の安全について高度の安全配慮義務を負った乗馬に関する営業的専門家であるにもかかわらず、事故発生の予見義務ないし結果回避義務を怠り、原告をして乗馬訓練に適さない馬に騎乗を勧め、ガルスの性質を原告に説明せず、トレーナーを配置もせず、原告の騎乗中、馬場の柵の外で見ていただけでガルスの動静に十分に注意を払うこともなかったし、ガルスが速度を上げて異変が生じた際、適切な指示や措置も講じなかった。
被告佐々木は、このような過失により本件事故を発生させたものということができるから、原告に対し、オーストリア民法一二九五条、一二九七条により、不法行為責任を負うべきである。
(四) 原告の損害
<1> 入通院慰謝料 二〇〇万円
<2> 入院雑費 四万六八〇〇円
一日一三〇〇円×三六日
前記のとおり、現地で入院中に二日間のホテル療養があったが、これは、原告が外国の病院の環境になじめなかったため一時退院せざるを得なかったものであり、実質的に入院期間と見るべきである。
<3> 後遺障害慰謝料 六四〇万円
原告は、本件事故により、後遺障害別等級表の九級一〇号に相当する後遺症を負うに至った。
<4> 後遺障害による逸失利益 一四四六万二一一八円
一九万一五〇〇円(女子二〇才の平均給与月額)×一二×〇・三五(労働能力喪失率)×一七・九八一(ライプニッツ係数)
<5> 滞在費 四五〇〇シリング(五万二〇二〇円)
原告が現地病院に入院したため、原告の旅行荷物を預けておかなければならず、そのために支出した費用である。
<6> 両親の付添介護費 四三万二四〇〇円
原告の両親は、本件事故発生の通報を受け、原告を付添介護するため現地に駆けつけ、原告を日本に連れ帰った。また、その間、自宅で飼育していたぺットを預託した。
一日六〇〇〇円×二人×一二日間(オーストリア滞在期間)=一四万四〇〇〇円
二八万八四〇〇円(大型犬二頭を一二日間預託)
<7> 北里大学病院への入通院交通費 五七〇〇円
自家用車で通院したことに伴う、同病院の一四回分の駐車場代
<8> 弁護士費用 二八〇万円
<9> 以上合計 二六一九万九〇三八円から前記支払を受けた保険金を控除すると、一五七九万九〇三八円となる。
2 被告らの主張
(一) 本件事故の原因について
本件事故は、原告の騎乗したガルスが同じ馬場内にいた黒鹿毛馬を追い越す際、速度を上げて鐙が外れ、原告がパニックに陥り、手綱の操作を誤った結果生じたものである。
(二) 被告会社の責任について
本件事故に係る原告の旅行は被告会社の主催旅行ではなく、被告会社が原告から依頼されたのは、航空券の手配、渡航手続の代行、損害保険契約の申込み、被告佐々木に支払うエスコート費用の受領に過ぎず、被告会社は、これらの依頼を果たしたことにより、原告に対する義務を尽くしているのであって、原告の主張するような安全配慮義務を負うものではない。また、被告佐々木は独自に事業を行っている者であり、被告会社は、被告佐々木に対して被告会社主催の乗馬旅行における業務の委託を行っていたに過ぎず、被告佐々木との間に雇用関係も指揮監督関係もない。
(三) 被告佐々木の責任について
原告が騎乗したガルスは、純血種特有の気の強さはあったが、乗り役に対して従順であり、被告佐々木は、ガルスが障害練習で障害を拒否した際に数回、牝馬を見て立ち上がった際に一回落馬したことがあったが、そのような点に注意すれば、乗馬訓練のために使用できないような馬ではなかった。
被告佐々木は、本件事故当日、二日後に本件乗馬クラブの教官のレッスンを受ける予定であった原告のために、自己の所有するガルスを好意で貸与し、原告が騎乗する前に、馬のエネルギーを放散させ、かつ原告に運動中の状態を観察させて馬の癖等を把握させるため、約一〇分間下乗り運動を行い、しかも、ガルスの二つの癖、即ち馬銜を動かして騎乗者の操作に従わないことがあること、駈歩を右回りから始めると騎乗者の指示に反抗することがあることについて注意を与え、自身は牝馬入場を監視するためと異変が生じた際にすぐ駆けつけるため馬場の入口近くに立ち、本件で異変が発生して、原告が手綱を高く上げているのを認めたときは、原告に対し手綱を下げるよう適切な指示を行ったのである。また、原告は、多くの乗馬経験と優れた乗馬技術を有していたし、現に本件事故に先立って前記のウィーン乗馬ホリデイツアーに参加した際に、原告の騎乗を見た被告佐々木は、原告は落馬の経験も相当数あるほか、基本的な操作をすべて修得し、高度の操馬技術を有していると判断していた。なお、本件のような自由騎乗の際にトレーナーを配置することはあり得ず、仮にトレーナーがいたとしても、被告佐々木と同様の行動を取り得たに過ぎない。
以上のことからすると、被告佐々木に原告が主張するような注意義務違反はなく、また、優れた技術を有する原告が鐙の外れた程度でパニックに陥り手綱の操作を誤るなどということは、予見できなかったものである。したがって、被告佐々木に不法行為責任はない。
第三争点に対する判断
一 証拠(甲一の一・二、二の一・二、四ないし六、一五ないし一七、乙一ないし七、八の一・二、一〇、一四ないし二〇、二二、証人門倉清、原告本人、被告会社代表者本人、被告佐々木本人)によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告は、高校入学後の一六才の時から乗馬を始め、住所地の相模原市所在の乗馬クラブを皮切りに、町田乗馬センターには約半年間殆ど毎日通って、馬装のほか、馬の四つの歩様のうち常歩、速歩、駈歩(他には猛スピードで走る襲歩がある。)での乗馬ができるようになった。更に、原告は、平成八年一一月初めから平成九年一月中旬までスイスに約二か月間留学し、そこの乗馬クラブで一日二鞍のドレッサージュ(馬場馬術)の基礎的な指導を受け、併せて一日一鞍の自由騎乗も体験し、帰国後も、平成一〇年二月まで御殿場の乗馬学校で週に二、三回のレッスンを受けていた。その結果、原告は、その時点までに五〇〇鞍から六〇〇鞍に達するほどの乗馬経験を有するまでになり、基礎的な技術を習得済みであった。なお、原告は、本件事故のように馬の首伝いに降りる態様を含め、落馬の経験も相当回数有していた。
2 被告佐々木は、平成三年夏ころ本件乗馬クラブの会員となり、平成六年一〇月、ライターパスという技能検定に合格した。これは、馬が自然に行う運動に対応して騎乗できる技能を持った者について認定され、通常二〇〇鞍から三〇〇鞍の乗馬経験を経て、馬を一人で乗りこなせるという程度に至った者が修得する。その上の技能がライターナーデルで、これは、それなりのスポーツ訓練を必要とするレベルである。被告佐々木は、本件事故当時、ライターナーデルを目指しガルスを使用してトレーニングを受けているところであり、初級の競技会に参加できる程度の乗馬技術を有していた。ところで、被告佐々木は、平成八年にガルスを購入してから、殆ど毎日自ら乗り運動を行い、本件乗馬クラブの他のメンバーにも時々乗り運動を依頼していた。ガルスは、それまでも約七年間騎乗に供されており、純血種特有の気の強さがあって、手綱の当たりの強い騎乗者に対して馬銜を動かして操作に従わないことがあり、右回りから運動を始めると騎乗者の指示に従わないことがあるという二つの癖を持っていた。被告佐々木は、ガルスに乗って、障害練習の際に二回、牝馬を見て立ち上がった際に一回、それぞれ落馬したことがある。
3 被告佐々木は、平成八年秋ころ、乗馬クリニック留学サークル「ホースマネージメント・ササキ」を開設し、オーストリアに乗馬留学をする者などを対象に通訳等のサポート業務を始め、乗馬留学等を希望する者は、被告佐々木と契約を結んで、右サークルに入会金及び月会費を支払うと、宿泊場所の手配、車のレンタル、銀行口座の開設、行政機関への届出、レッスン通訳等の援助を受けることができる。しかし、被告佐々木には、現地におけるツアー(観光)ガイドの資格はない。被告会社は、乗馬雑誌に載った被告佐々木の広告記事を見て、ウィーンで実施する乗馬留学等に拘わる業務を被告佐々木に委託しようと考え、平成九年三月中旬、被告佐々木との間で、顧客に対する送迎や乗馬レッスン受講時の付添及び通訳等を委託する旨の業務委託契約を締結した。
4 原告は、スイス留学から帰国後、ドレッサージュの技術を向上させたいと考えて留学先を探していたところ、乗馬雑誌に載っていた被告会社主催のウィーン乗馬ホリデイツアーの記事を見付け、被告会社に問い合わせて資料を取り寄せた。乗馬雑誌の宣伝記事には、乗馬レッスンを専属ガイドと共に体験できると謳われ、被告会社から送られてきたツアーのパンフレットには、エスコートとして被告佐々木が紹介され、また、馬術留学の案内書には、被告佐々木の主催する前記ホースマネージメント・ササキの業務に関する説明が記載されていた。原告は、オーストリアが新たな留学先として適当か否か下見する目的で、平成一〇年二月一八日から同月二五日まで、航空運賃、現地交通費、宿泊費、食事代、エスコート費用を含めて総額三七万六〇〇〇円を支払い、ウィーン乗馬ホリデイツアーに参加した。ところで、ツアーの参加者は原告一人であったので、被告会社は、事前に原告の希望を聞いて、被告佐々木と協議の上、観光を除外し、多くの乗馬クラブを見て回れるような日程を組んだ。ツアーの最中、移動、乗馬クラブへの案内、乗馬の際の介助等、原告は、被告佐々木と殆ど行動を共にしていた。原告は、このツアーの騎乗中に、馬が尻ぱねをして前方に放り出されたことがあったが、その際に両手で頭を押さえるなど冷静な対応をし、また、被告佐々木と野外騎乗を行った時、被告佐々木の馬が暴走したのに釣られて、原告の馬が反対方向に暴走することがあったが、原告は、予め馬がストレスを持っていることを察知し、馬を疲れるまで走らせて停止させるという冷静な対処をした。被告佐々木は、原告のこうした騎乗ぶりを見て、原告は基礎的な乗馬技術をすべて修得し、落馬の経験も相当回数あると判断した。
5 原告は、ツアーを終えて帰国後、再度乗馬留学の下見のためウィーンに行くことを希望し、被告佐々木から聞きたいことがあれば直接連絡するように言われていたことから、平成一〇年三月一五日ころ、原告の母親が被告佐々木に電話を入れ、現地の状況を詳しく聞いた上、一週間程度の予定で再渡航することになり、被告佐々木の都合に合わせて同年四月四日から一週間の日程を取ることにした。原告の両親は、原告に対して現在の乗馬技術よりワンランク上のレッスンを受けさせたいと考え、その旨被告佐々木にファックスしたところ、被告佐々木は、原告につき脚の作用が多少弱く、単に上のレッスンを望むより基礎騎乗力を付ける段階であると回答した。そのようなファックスでのやり取りの過程で、被告佐々木から原告の下にうまく送信できなかったことがあり、被告会社に送信を頼んだことから、被告会社は、原告が再びウィーン行きを計画していることを知った。被告会社の代表者は、同年三月二七日ころ、原告の両親と連絡を取ったところ、航空券の取得が未了であるとのことであったので、被告会社において航空券の手配の依頼を受けることとなり、同月三〇日、原告やその両親らと会って、傷害保険にも加入しておくように勧め、その場で航空券代金、傷害保険料、渡航手続手数料に消費税を加えて合計一二万一二〇〇円を受領した。また、その際、原告の両親から被告佐々木の人柄等について質問があり、被告会社の代表者は、信頼できる人物であるなどと答えると共に、被告佐々木に対するエスコート費用を代わって受領することになり、その翌日ころ、エスコート費用として一日当たり一五〇〇シリング、六日間で合計九万九〇〇〇円を原告から受領して、直ちに被告佐々木に送金した。なお、被告会社の代表者は、原告らと会って、原告の渡航目的が留学の下見であることを確認したので、そのころ、被告佐々木に対し、原告の渡航目的は留学でなくその下見であって、ツアー扱いとなる旨連絡した。
6 原告は、平成一〇年四月四日、ウィーンに到着して、早速被告佐々木と今後の日程を打ち合わせたが、原告が希望していた乗馬クラブの予約が取れず、本件乗馬クラブで二日後に被告佐々木がレッスンの予約を入れていたので、これを原告のレッスンに振り向けることにした。被告佐々木は、本件乗馬クラブの教官から、原告が乗馬留学をするのであれば、その期間中教官の馬を貸してもいい、ただし、教官の馬を乗りこなせる技術を有するかを原告がガルスを操馬する様子を見て判断したいと告げられていたので、原告にその旨の話をしたところ、原告も、本件乗馬クラブでレッスンを受けてみることを承諾した。そして、被告佐々木は、原告に対し、レッスンを受ける前にガルスに乗り慣れておいた方が良いと言って、翌日ガルスに騎乗することを勧めたところ、原告も、これに同意した。被告佐々木は、その日のうちにガルスに運動をさせるため、原告を伴って本件乗馬クラブに赴き、屋内馬場で約二〇分間ガルスに追い立て運動を行い、飼料を与えるなど必要な手入れをした。
7 原告と被告佐々木は、平成一〇年四月五日午後二時三〇分ころ、本件乗馬クラブに到着した。被告佐々木は、早速ガルスに馬装した上、別紙見取図の野外馬場の半分を使って、ガルスの張った状態を放散し、また、原告にガルスの動作を観察させるため、約一〇分間、常歩と速歩の下乗り運動を行った。被告佐々木は、下乗り運動後、原告に騎乗させるに先立ち、ガルスの前記二つの癖について注意を与えるため、馬銜をかむ時に口を動かす癖がある、また、右回りから駈歩などを始めようとするとスムーズに動かないことがあると説明した。原告は、午後三時一〇分ころ、ガルスに騎乗し、まず常歩と速歩で蹄跡運動(馬場内の蹄跡に沿って進む運動)と図形運動(円を描いて進む運動)を行い、次いで、被告佐々木の指示に従って、左手前(左回り)から駈歩で蹄跡運動と図形運動を行い、右手前(右回り)からも同様の運動を行った。被告佐々木は、その間、馬場内から出て別紙見取図の出入口近くの<a>地点に立ち、牝馬が馬場に入ってこないか監視すると共に、異変が生じた際には直ちに駆けつけることができるように原告の様子を見ていた。ガルスは、馬銜をしっかり受け、しっかりとした踏み込みで進み、途中で隣の馬房にいる黒鹿毛の去勢馬が馬場内に入ってきたが、ガルスはこの馬と仲が良かったため、被告佐々木も、特に危険はないと判断した。次に、被告佐々木は、原告に対し、レッスンで行うことが予想される移行運動(速歩から駈歩、駈歩から速歩に歩様を移行させる運動)を指示した。
8 原告が騎乗を始めて約二〇分が経ち、右回りで移行運動を始めて間もなく、ガルスは、周囲に何も刺激するようなものがなかったにも拘わらず、別紙見取図の<c>地点辺りから突然襲歩に近い速度で走り始めた。原告は、両足が鐙から外れてしまい、何とか鐙をはき直そうとしたが果たせず、ガルスが一周して<d>地点に至った時、手綱を高く上げて引いたため、ガルスの首が上がった状態となった。手綱を上げたままでは操馬は不可能であり、これは乗馬における基本知識である。また、鐙が外れても脚だけで操作することが可能であり、乗馬のレッスン過程で当然その訓練を受けるものである。ところで、そのとき、たまたま居合わせた本件乗馬クラブのトレーナーが、異変に気付き、ドイツ語で手を下げろと叫び、被告佐々木も、日本語で手を下げるよう叫んだが、事態の急変でパニックに陥った原告には、この声は届かなかった。ガルスが<d>地点から<e>地点に進んだ辺りで、ついに原告はガルスの首にしがみついてしまったので、トレーナーがドイツ語であきらめろと声をかけたが、原告には何を言っているのか分からなかった。そして、ガルスが<e>地点から<f>地点に進んだとき、原告は、このままでは落馬すると判断して、ガルスの首伝いに馬の左側に尻からずり落ちた。馬の首伝いに降りることは、落馬の際の対処方法として適切ではあったが、別紙見取図のとおり、現場が牧柵に近い危険な場所であった。
二 被告佐々木の責任について
1 原告は、そもそもガルスは乗馬訓練に適さない馬であり、被告佐々木としては、原告をガルスに騎乗させてはならず、その性質を十分に説明して騎乗を辞めさせるべきであった旨主張する。
しかし、右認定に鑑みれば、ガルスは、被告佐々木が所有する以前にも約七年間騎乗に供されており、被告佐々木が購入してからは、被告佐々木や本件乗馬クラブのメンバーによって、殆ど毎日乗り運動や障害等の乗馬練習が行われていたのであって、ガルスが乗馬訓練に適さない馬であるということは到底いえない。しかも、被告佐々木は、本件事故の前日にも、ガルスに適当な運動をさせたり必要な手入れを行い、当日原告の騎乗前にも、ガルスの張った状態を放散したりするため十分な下乗り運動を行っているのであって、ガルスに始めて騎乗する原告のために、必要にして十分な配慮をしているものというべきである。
確かに、ガルスには、手綱の当たりの強い騎乗者に対して操作に従わないことがあったり、右回りから運動を始めると騎乗者の指示に従わないことがあるという二つの癖を持っていた。しかし、これらの癖はそれなりに気を付けていれば、乗馬に支障を生ずるという程のものではなく、被告佐々木は、事前に原告に対し、ガルスが操作に従わない時に行う馬銜を動かす癖や、右回りから動かそうとするとスムーズに動かないことを説明し、ガルスの二つの癖について注意を喚起しているし、原告が駈歩運動をする際には、左回りから始めるよう指示しているのであって、ガルスの癖に対する説明や配慮に特に欠けるところはない。また、原告の騎乗中、ガルスの癖によって操馬に支障が生じたような事情は全く伺えず、本件事故の誘因となったガルスの突然の疾走がガルスの癖によって引き起こされたとは考えられないから、本件事故の発生と無関係といえるガルスの癖を問題視するのは、少なくとも本件に関しては適切でない。
更に、被告佐々木は、ガルスに騎乗中、障害練習の際に二回、牝馬を見て立ち上がった際に一回、それぞれ落馬した経験を有するが、この程度の落馬の回数で危険な馬と断定することはできないし、本件における原告の騎乗は、二日後のレッスンを控えてガルスに乗り慣れておくためのものに過ぎず、障害練習など予定されていなかったし、また、牝馬の入場を監視するため被告佐々木が馬場の入口に待機していたのであるから、過去の落馬事故からしては、本件事故を予見することはできなかったものといわざるを得ない。
したがって、ガルスに騎乗させてはならなかったなどという原告の右主張は失当である。
2 原告は、被告佐々木においては、ガルスの動静に十分な注意を払わず、トレーナーを配置すべきであったのにしなかった旨主張する。
しかし、前記認定に鑑みれば、原告がガルスに騎乗した目的は、二日後のレッスンを控えてガルスに乗り慣れておくためであり、いわゆる自由騎乗であって、高度な訓練を行うことは予定されていなかったこと、原告は、乗馬の初心者ではなく、既に五〇〇鞍から六〇〇鞍に達する乗馬経験を有し、基礎的な技術も習得済みであったことを考え合わせると、トレーナーを配置しておくべきであったとは到底いえない。また、被告佐々木は、原告の騎乗中、馬場の出入口近くに立って、牝馬の入場を監視し、異変が起きた場合に備えて原告の様子を見ていたというのであるから、右のような原告の騎乗目的や乗馬技術、更には前記のとおり、事前に十分な下乗り運動を行い、かつガルスの癖に対して注意を喚起するなど、相応の処置を講じてから原告を騎乗させていることにも照らすと、被告佐々木が馬場の外から様子を見ていたことについて特に不適当とは考えられないし、ガルスの動静に注意を払わなかったという非難も当たらない。
したがって、原告の右主張も失当である。
3 原告は、被告佐々木において、ガルスが突然速度を上げるという異変が生じた際、適切な指示や措置を講じなかった旨主張する。
しかし、前記認定に鑑みれば、ガルスが突然疾走した原因は不明といわざるを得ず、その前兆もなかったことが伺えるのであって、原告は勿論、被告佐々木においても予見することは不可能であった。そして、原告は、両足が鐙から外れてしまい、鐙をはき直そうとしたが果たせず、何故か手綱を高く上げて引いてしまったため、自ら操馬を不可能にする事態を招いたものであるが、かなりの乗馬経験と技術を持った原告がこのような初歩的な手綱操作のミスをしたからには、原告において、鐙の外れが修正できず、精神的な焦りからパニックに陥ってしまったものと思われる。しかるに、六〇〇鞍に達しようとする乗馬経験を有し、基礎的な技術も習得済みであって、かつウィーン乗馬ホリデイツアーの際には暴走した馬に乗りながら冷静な対処を見せた原告に対して、このような手綱操作をすることを予見することは無理であり、しかも、鐙が外れても脚だけで操馬することが可能であって、原告もこうした訓練を受けたものと期待して良いから、ガルスが疾走して原告の鐙が外れたことを認めたからといって、何らかの措置を講じなければならないとは思われず、原告の騎乗経験や技術に処置を任せて良いものである。
そして、原告が手綱を高く引いた時点においては、馬を物理的に制御するのは当然不可能であって、被告佐々木が手綱を下げるよう指示したことは、誠に適切であったといわなければならない(操馬が可能な状態に戻せば、原告の技術に事後処置を委ねることができる。)。更に、原告がガルスの首にしがみついた時点においては、原告も判断したように落馬するしかなく、もはや被告佐々木としてはなすべき措置もなかったものである。
したがって、ガルスに異変が生じてから原告が落馬するまで、被告佐々木がなした指示や措置に特に問題はなかったものというべきであり、原告の右主張も失当である。
4 以上の次第であるから、被告佐々木について、原告が主張するように、顧客の生命身体の安全に関して高度の安全配慮義務を負うべきものであるとしても、本件事故発生の予見義務ないし結果回避義務を怠ったということはできず、安全配慮義務に違反したということもできない。
したがって、被告佐々木に不法行為責任はない。
三 被告会社の責任について
原告は、被告佐々木は被告会社の被用者若しくはその指揮命令監督に服する者であったと主張するが、仮にそうであるとしても、被告佐々木において、不法行為責任はなく、安全配慮義務を怠った過失もないから、本件事故の発生について、被告会社に債務不履行責任も使用者責任(不法行為責任)もない。
なお、原告が主張するように、原告の本件におけるウィーン旅行について、被告会社がその主催旅行と同様に契約上の責任を負うか否か(即ち、原告と被告会社との間に旅行契約が締結されたと見るべきか否か)は疑問であるが、仮にそうであるとしても、被告佐々木が安全配慮義務に違反したといえないのと同様、被告会社についても、安全配慮義務に違反したとはいえない。
四 よって、原告の本件請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正之)
見取図<省略>